北アルプス南部地形図,山行表 飛騨山脈Top
       常念山脈

     高瀬川右岸尾根
       s43年(1968年)70月, 七倉から森林軌道を歩み槍ケ岳北鎌尾根, 合流し槍沢を経て上高地
       s44年(1969年)12月, jr小糸線安雲沓掛駅から雪白き餓鬼岳南尾根,ピストン 
       s45年(1970年)10月, 横尾本谷右俣から千丈沢を経て,高瀬川ダム工事現場の河原を七倉まで歩む
       h22年(2010年)08月, 針ノ木雪渓から烏帽子岳ブナ尾根を経て,3ダム完成後の高瀬川に入渓 

       h27年(2015年)05月, 長野中条「新津邸」から奥裾花自然園と高瀬川左岸道,歩道・・小糸線安曇沓掛駅から安曇追分駅

     梓川二ノ俣谷左岸尾根
       s40年(1965年)07月,中房温泉から燕岳―東鎌,水俣乗越―横尾⇔槍ヶ岳槍沢, ―上高地・・大雨で再度挑戦
       s43年(1968年)06月,中房温泉から燕岳―常念岳―蝶槍上黒沢―横尾⇔前穂高北尾根ノコル, ―上高地・・夜間登山

初夏の北ア,表銀座




初めての北アルプス

荒天の東鎌尾根
横尾から再び槍ヶ岳ピストン



                                 快い入山と樹林帯
           夏の燕岳から槍ヶ岳(男子企画山行), s40年(1965年)07月02〜08日

                          L保坂洋,sL長谷川武夫,m本多義孝,見城寿雄(3),三浦俊彦,鈴木輝雄,和田一男,松村進(1),





        合戦尾根―燕岳―大天井岳―東鎌,水俣乗越―横尾⇔槍ヶ岳,

     7月02日, 買付10:00,御徒町アメ横, 集合新宿駅20:00, 中央東線準急「穂高」22:35=
        3日, 小糸線有明=中房温泉bs一燕山荘c1
        4日, Ts1⇔燕岳,一水俣乗越手前コルc2
        5日, Ts2一横尾c3
        6日, Ts4⇔槍ヶ岳
        7日, Ts5,停滞
        8日, Ts6一上高地bs=松本電鉄新島々=国鉄松本=新宿


   中房の河原で朝食


     7月03日,晴 有明6:20,松本電鉄バ=7:00中房温泉bs,朝食7:35一11:05合戦小屋一11:30森林限界,草付き12:30一13:07燕山荘テ1,
             中房川→川中房→穂高川→犀川→千曲川→信濃川

       新宿駅で池田,林,割田,上坂諸先輩の見送りを受ける。




         燕への径
,                             


      尾根径 
   大糸線,有明駅からバスに揺られ中房に入る。車酔いで結飯を2つ食べられたのが精一杯だった。
     尾根末端から取付く燕岳への径。初めから急登が続く。

   頭がボーとして,ふら付くような重さに視界もよどみ気味,
     気持が落ち着かぬ間々,重荷が肩に喰い込み,汗は額に溢れだす。

   幾つかベンチを過ぎ尾根径らしくなると深い樹林帯を抜け,明るさが増しだした。気は落ち付き,アルプスに入った実感で気は踊りだしていた。
     そして高度を上げるに従い,中央アルプスの二の舞を踏むのではないか? との不安も薄らぎ,ゆとりが現われだしていた。

   合戦小屋,モーターの回る音が以外と煩い。折角,残雪をも踏むようなる。
     途中何度も地元中学生の集団登山に出会い,待つことも多く以外と時間を費した。




                      
                                                      森林限界,雪解けの草付きで昼食

      昼食
   雪の溶けたばかりの草付きで昼食を摂る。体も順応し,空腹感から結飯3個を漁るようなった。
     今回ばかりは飯も美味かった。時間にゆとりがあるも,アッと云う間に食べられた。
     久し振りの完食に,気分よくちょっと草付きの横になると昼寢も心地よかった。

   まだ地表にピッタリ這い付いた間々の草付きに,細い櫛を起き上がり出している。
     一冬耐え抜けた動物が冬眠から目覚めるよう,小さな笹枝もうづき起き出して始めていた。
     数日後は陽当りのよさも合間って,全てがが起き上がろう。枯葉のよう見えるも強い生命力を持っている。


      稜線へ
   大休止後,再び燕岳へ。右手に燕の奇峰,奇岩を望み,潅木に這松が縄張りを広げだしてきた。
     稜線直下で目立ち始めた燕山荘の赤い屋根。もう頂稜の幕営地も目の前に迫っている。
     燕山荘,収容600名,1泊2食付¥900米持参,5/20〜11/6,

   急に広がった眺望。強い陽差しを浴び,知る限りの山々が飛び込んできた。
     山又山の山並が幾重にも重なり,表銀から望む対岸に裏銀の広大な大地が姿を現している。

   初めて望む北アルプスの桁違いな眺望が眼前に開かれ,その先に重なり合う遠望の山並が,山容豊かなスケールで広がっていた。
     陽差しは強く,じっとしていても皮膚は汗ばんだ。

   燕岳から遠く烏帽子岳が左方に聳え,三ッ岳,野口五郎岳に続く裏銀は,まだ雪多い。
     三俣ケ岳,双六岳へと続く頂稜と,ひときは目立ち引き立てている槍ケ岳の穂,
     ここから眺める鋼鉄の岳を望み,カメラを借りシャッターを切った。




         表銀の頂稜

                          合戦小屋から大天井,槍ヶ岳

      雪上訓練
   テントは山荘前の雪上に設営, 陽はまだ高くストッピイング,グリセードと雪上訓練をする。
     雪面にピックを搾す毎に,僕等を囲んだ集団登山の中学生が観客となり奇声を上げる。

   「カッコイイ!」と叫ぶ声に混ざり,黄色い声が聞え,僕は恥ずかしいような,それでいて有頂天になる。
     何しろ一年4名の中で,ピッケルを握った事があるのは僕だけだった。

   先月の初め中央アルプスで使った事が頭に甦る。やはり形は覚えていた。
     下山の最後に転倒したが山中4日間,ピッケルを握り締め縦走してきた。その成果が現実に現れていた。

      落陽
   陽の落ちかけた山陰の天幕地から山靴を引っ掛け,食器を洗いがてら頂稜にでる。
     50mも登ると夕日に輝く黄昏の裏銀が荘厳な美しさを飾らしていた。

   高瀬を挟み裏銀の峰々が黒影を深め,オレンジに染まる燃える雲は淡い墨色へと移り,闇の世界へと変えだしていた。
      落陽を迎え少し肌寒く侘しくも思われる。

   手をポケットに突っ込み靴は裸足が踊っている。テントに明かりが点いた。
     おぼろに映る雪上のテント,灯は雪上を照らし暖かみを持ち臨まれていた。




         燕岳と奇岩
頂稜からの燕岳





  水作り                       蛙岩       .

    7月04日,燕岳―大天井岳―西岳―水股乗越

       起床3:00,Ts1⇔4:30燕岳5:10,一6:10一8:40大天井岳,

   夜明け前,万点の星傘の下,炊事に当たる。
     残雪に凍る程の水, エレキを頼りに雪面を掻き分け雪穴に素手を突っ込むと,身を震わす冷たさが返ってくる。
     凍える手を合わせ,チョロチョロ流れる水をポリタンに詰めた。





Csよりメンバーと北鎌尾根 ,
上段,左よりL保坂先輩,和田,三浦,私
下段,鈴木,,sl長谷川先輩,本多先輩


      槍への眺望
   今日の行動は燕岳ピストンからだ。頂でご来光の朝日を拝んむ。
     高瀬の清流に平行して走る表銀の尾根径,素晴らしいパノラマと整った登山道。山では1級国道と呼べそうだ。

   散歩気分で為右江門吊岩を越えた。
     暖かみを含んできた陽差しに,気分は爽快,乾いた岩肌と朝の陽差しが心地よい。

   子槍は大槍のガッチリした鎌に隠れ,頂の堂々たる姿が急に手近に迫る。
     天丈沢からの突き出した槍ケ岳は無限の天に突き上げるていた。雪渓の長大な白さと鋼鉄のような山肌,黒光する岩肌が如何にも重々しい。
     それでいて槍の穂は刀のような鋭さを持って望まれた。





     表銀の頂稜
                  
                                                        岳より槍ヶ岳





    天上沢と北鎌沢 


      大天井ケ岳
   今日の山場,大天井の登りはやはりキツイ。
     荷が肩に食い込みジグサクに高度を上げ,とうとう大天井の頂で「チクショウ!」と怒鳴ってしまった。
     足には,もう靴ずれができている。

     s43年06月,残雪の燕岳〜蝶ヶ岳〜涸沢




     常念山脈

                             蝶より霞沢岳乗鞍,御岳山





     東鎌尾根
     大天井より東鎌尾根,赤岩岳と槍穂高連峰





    
大天井岳山頂での1年生同期


      8:40大天井岳9:15一13:00西岳山荘一14:05水俣乗越手前の鞍部テ2,

   赤岩岳手前で昼食を摂る。
     ここは眼下に異様な赤渇色の山襞が脆そうな装いで山肌を広がっていた。
   そして山肌に築かれた窪は溝と成り,沢となって,水俣川,高瀬川へと下り,銀流となり尾を引きながら山を下って行く。
     牛首と北鎌の荒々しい尾根を正面に迎え,昼食を摂る。今日の食事はパンに変更した。

   ここから幕営地は直ぐ傍だった。大天井からの縦走路を駆け下りさえすればよい。
     そこには整地され,のどかに山望を楽しむ憩いの場がある。「ラスト!ラスト!」と掛け声を張り上げ,ザックを踊らせ駆け降りた。

      泥棒
   幕営予定地,ヒュッテ西岳(米持参¥900,7/1〜9/30)は小屋増築工事の為,小屋前の台地には各種の木材が野積みになっている。
     小屋番が現れ,工事中を理由にテント設営を断わられた。

   張れる場所がないならともかく,小さなテントを張っても差しつかえない広さがあり,何張りも張れるのに設営はさせてくれなかった。
     頭から怒鳴りつけるような不親切さ,物を盗まれるからと僕等をまるで泥棒扱いにする。

   誰が山まで来て木材やカンナを盗もうか,馬鹿々しい上に腹が立つ。断る言葉が悪い,例えは幾らでもあるだろう。
     大工も集まって来て,盗まれると困るを繰り返す。

   更に下る事にした。何時もなら1度幕営が決まると,もう歩きたくないのだが。
     皆,怒りに怒り,早く山荘を離れようと。不適された気持ちで黙々と無言で駆け下りた。

   4m四方の平地を見つけた水俣乗越, 東鎌の乗越で径を塞ぎ,並んで張ったテント2張。
     ここには水がない。少し戻った南面の雪渓まで汲みに行く。途中で雨も降り始めた。今日は全く付いていなかった。





           
水俣乗越より横尾への径

       7月05日,水股乗越―横尾
                 水俣乗越Ts2, 8:35一11:05一ノ俣12:10一13:50横尾テ3,4,

      槍沢を下る

   中岳鞍部,雨と風にテントは叩かれる。なかなか出発が決まらない。
     重く垂れ込んだガスに東鎌の鋭い頂稜は全てが霞み見失なわれていた。

   見えぬ頂だが槍ヶ岳はもう目の前にある。
     天気の回復の見込みもなく,東鎌を諦め横尾へ下る。急な沢斜面に激しい雨,
     乗越の草付きはバナナの皮のようよく滑った。ガレと赤土の泥径に,雨は流れ足は取られつるつる滑る。

      雪の落とし穴
   鈴木と三浦が槍沢の雪渓に出て,ボーンと鈍い音と共に僕の前から姿を消す。
     二人の体重が薄い雪渓の落とし穴に呑み込まれた。
     直径3mの口が開き,川岸から近かったから良かったものの,底には水がチョロチョロ流れていた。

   明るくなった槍沢左岸の径,キャッキャッ叫びながら横尾へ降りた。

      合流
   横尾をベースに奥穂をピストンした女子パーティと合流する。


   女子パーティ,7月2〜8日,横尾谷定着, L田中,sL根岸,m西村,野中,松本,
      7月02日,新宿= 
        03日,上高地一横尾
        04日,Bc⇔奥穂高岳
        05日,停滞 
        06日,横尾合流





     横尾⇔槍ヶ岳,
    槍沢からピストン


      7月06日,槍ヶ岳ピストン,再び槍沢を
                  横尾Ts3, 6:40⇔10:57槍ヶ岳,昼食12:50,一16:00,

      合流
   北鎌尾根を越えて来た新津さん中山さんも昨夜,横尾の橋の下でビバークし,今朝合流した。
     僕等が幕営した所は対岸の少し樹林に隠れた所だった。

   その為,距離にして目と鼻の先程だが,近く幕営していたにも係わらず,見付けられずピバークせざるえなかった。
     早朝,僕等のテントに顔を出してきた。

   槍ケ岳,北鎌尾根,7月01〜04日,m新津,中山
     7月01日,新宿=
        02日,大倉一湯俣 
        03日,北鎌尾根より槍を越え横尾
        04日,横尾合流




    ガスの深まる槍の穂


      再び槍沢を狙う
   女子パーティに遅れる事1時間半,食事を済まし槍ヶ岳ピストンに向かう。
     今まで背負っていたキスリングに比べ,サブは軽く信じられない程,重さを感じさせられなかった。

   急ピッチで登る槍沢に高度はグングン上がり,見た目より雪渓は近かった。
     昨日の下降地点を通過, 残雪豊富なこの雪渓から大きな槍沢のガレを越すと槍の肩にでる。
     休む間もなく肩ノ小屋にサブを残し,鎖の絡む槍の穂へ。そこにはもう定着隊が待っていた。




    ガスの槍ヶ岳山頂


   強い風に押され,ガスの割れ目から時折,歩んで来た表銀が望まれる。見えるか見えないの眺望は暫し濃いガスに包まれた。
     頂の感激はない。先輩が素晴らしい云う穂高の峰々は望めなかった。

   ただ乳白の冷たい粒が群をなし流れ込んでいる。強い風に叩かれ一向に薄まぬ霧。
     風上のずっと奥に霧の貯蔵庫があり,そこから風と共に送り込まれてくるようだった。
     ガタガタ震えだした体を押さえ,頂を後にした。




        槍沢雪渓
    . 





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 ,  
     

   無人の肩ノ小屋(冬期避難小屋),体を縮まし干しダラの水飯を食べた。
     食事は乏しい。塩気の濃い飯に水を掛け,喉に流し込んだだけだった。

   小屋も風を避けるだけの,ぶっきらぼーな冬季避難小屋だった。
     槍岳山荘,収容600名,1泊2食付¥900米持参,素泊¥500,5/1〜11/5,

   槍沢の雪渓はまだシーズン前のせいか人影はなかった。
     雲が重く垂れ込み明るさは乏しいが,ガスの湧く雪渓には深い凄みを現している。
     そこを縫う尻セード,下りは楽しかった。硬いスノーカップに腰を打ちながら滑り,一挙に気ははしゃいぐ。

   帰路,丸太橋を渡り,ずっこける。
     よそ見をした罰は冷たい雪解けの水だった。笑う仲間に釣られ笑う僕。照れ笑いがでる。

     1968年(s43年)07月,槍ヶ岳北鎌尾根より槍沢
     2007年08月,槍沢〜南岳〜奥穂高岳 北アルプス南部地形図




     横尾谷出合
    梓川,横尾橋と明神岳


      7月07日,横尾停滞4

   雨が一日中降り続き,初めての完全停滞を体験する。
     雨強く涸沢を断念した。本来なら涸沢まで足を伸ばす筈だが僕等の希望が受け入れられた。明日は上高地に下りる。

   一年にとって天国のような停滞,
     食欲も増し,体を動かす時は口を動かす時だけだった。テントの漏れる雨水を気にしながらゴロゴロ横になっている。
     食糧は明日の物を残すだけで,野菜炒めにチャーハンと続く。

   停滞日用のホットケーキもなかなか美味かった。天幕内中央にラジウスを置き,仲間と囲みながら突っ突く美味さ,仄かに甘い香ばしさが漂っている。

      ラジウス
   ラジウスを初めて使用したのは新人養成の雪上の幕営内だった。雪を溶かしての炊事,慣れず容易に進まぬも火力は強かった。
     悲惨な場合には尚更頼もしい。コンロの炎を見詰めと安心感に安らぎが入り乱れ,頼もしいばかりだった。

   1913年,スエーデンのプリムスの労動争議から,プリムスを飛び出した従業員により独自の会社を設立。輸出がメーンで高品質化と技術革新に力を入れる。
     内臓クリーイング・ニードル,燃料計,安全弁等,大戦後の高い品質を供給していたが1963年,オプティマス社に商標を譲渡,使われず50年の歴史を閉じている。
     クラブでのメーンはラジウスを使用していた。暇さえあれば部室で修理をさせられていた。




     上高地
    河童橋脇でメンバーと
    三浦,私,和田,鈴木と保坂,見城,本多各先輩


    7月08日,曇 横尾―上高地
         横尾Ts5, 6:05一8:30河童橋10:10一10:20上高地
        上高地10:35,松本電鉄バ=12:45島々,松本電鉄13:16=13:51松本,急行15:30=20:16新宿,

      上高地
   停滞してからはよく眠れた。6時に撤収,3時間程で上高地にでる。
     夢にも見た上高地,初めてが入山ではなく下山路となった。

   岳から左岸の散策路を下る。徳沢の園からのは清々しい河畔,森の径, 梓川に沿いに穂高の岳を廻る。
     ここでも岳沢の山々は放徊するガスに包まれていた。

      最後の食事
   河童橋を横切り河畔で,大きな怒声を吐き「ゴハンダ,ゴカンダ・・」と峨鳴り,胡瓜の水漬け飯を平らげ,松本に下りた。

   今日も質素な昼食で体が持たないと思いながら,以外と美味い下山食を味わう。
     観光客も多い。脇分けるよう陣地を取り,下山の歓びを,慎ましい食で味わった。

   昨日の停滞日は食事が贅沢過ぎたのか,? 繰り返すが胡瓜と水と飯,それだけで最後の食事を摂る。
     先輩はブルジョワになれと云うが我がクラブは結局貧乏学生の集まりだった。 山行費を見ると食料費1日¥180×5, 山行中の食費は¥900,


      県道槍ケ岳上高地線
   県道279号は槍ケ岳山頂から上高地に至る一般県道。
     現在は現在は自動車交通に供する道路整備に適当しないため供用は廃止されているが,県道としての認定はされている。
     又槍ケ岳山頂=信濃大町間は県道326号,槍ケ岳線。上高地=釜隧道=中ノ湯間は県道24号,上高地公園線と繋がれている。


     燕へ「心の独り言」