富士山東面地形図 夏富士山Top
           冬富士山
         s41年(1966年)正月・・御殿場口
         s43年(1968年)正月,登頂諦めスキー・・御殿場口

冬富士T




正月2日,
御殿場口より登頂
煌く白銀と旋風

九合七尺からの尻セード
地吹雪伴う暴風

 
                                  新二合目より

         正月の富士登行T
            s41年(1966年)12月31日〜1月04日, L新津(41卒),m冨山(38卒),中山(41卒),田中(4),松村(2),



   駿州側御殿場口
 

   御殿場二合目⇔富士山,―滝野原



s41年12月31日,
1月01日,
2日,
3日,
4日,

s43年12月30日,
31日,
1月01日,
02日,
小田急新宿=御殿場タ=新二合目⇔五合目bc1,2,3,
bc1,停滞
bc2⇔山頂
bc3―滝ケ原ト=御殿場h
h4=新宿

小田急新宿=御殿場タ=新二合目⇔三合目bc1,2,3,
bc1⇔荒天五合目,⇔宝永山
bc2,スキー
bc3―二合目=御殿場


富士山地形図




   信州戸狩で冬期スキー合宿を終え東京に戻った私師走の忙中に,再び富士登行の買出しに走り回っていた。
     富士山は私にとって初めての山であり,冬富士だった。憧れを抱いてから久しく叶うことになる。
     OBの方から声が掛かり,喜びのあまり強行スケジュールになった。

      御殿場へ
   大晦日早朝,新津・田中両先輩と共に小田急ロマンスカーに乗り込む。新宿をゆっくり滑り出した列車は以外に空席が目立つ。
     車内に冬の柔らかい日差が射し込み,私達を温室に居るよう包み込んでいた。

   コーヒーを飲みながら流れ行く車窓を望む。景色は黄葉の装いを失い質素な裸林に変わった平野を飛ぶよう過ぎ,
     右手に丹沢山塊を望んだ。そして新松田で国鉄御殿場線に入線し富士の裾へと。

   これからボッカする大きな荷が,座席脇に置かれているにも関わらず,
     語り合う心は,これから山に入るとは思えぬ程の意気込みは長閑さに消されてしまっているようだった。

      裾野
   御殿場駅前で富山・中山先輩の出迎えを受け,タクシーでできるだけ富士の裾へと入り込む。
     自衛隊駐屯地を抜け,広大過ぎる裾野に入り込む。太郎坊は広々した裾の荒地を横切り,疎らな樹林帯を抜けた所にあった。
     ここには測候所の小屋がある。

   太郎坊から約1時間程で旧一合目跡にでた。
     もう樹林帯は遥か眼下であり,左手に双子山の丸いカーブが見事に描かれ,この付近が太郎坊スキー場になる。

   御殿場のスキー場でもある。リフトもなにもなく壊れ掻けた看板が斜めに立ち,ここである事を示していた。
     太郎坊スキー場は初心者向きで,雪質は南面の為,余りよくない。5,6年前までは貸しスキーの設備があった。
     又新太郎坊は夏期登山バスの終点である。

   遥か彼方にある頂は,あまりにも山が大きい為か傾斜が計れず,のっぺらぼうな斜面が見渡す限り続いていた。




        五合目へ,大砂走り

      入山
   登るにしたがい富士の大地が大きくのし掛かる。
     二合五尺付近で左手から宝永山の大きな急斜面が押し寄せていた。

   雪線は五合目付近に結んでいた。緩やかな裸窪地の溝が小粒大の礫石で埋め尽くされた斜面が限りなく続く。
     積雪は意外と少ない。冬山装備を今日は使わずして済みそうだ。確りパッキングを済まし高曇が頂を覆う中の,五合目へ。

   夏道は完全に残されてをり,ここは強風時にコブシ大の石が飛ぶそうだ。今日は寒気だけが富士は誘っていた。
     五勺度に建てられた幾つもの小屋を追い越し,思うほどなく五合目小屋に着く。

      Bc
   私達の入り込んだ小屋は,モグラの巣の如く半ば土に潜り込む形に造られ,入口はTヶ所,窓のみだった。
     外にない雪粒が小屋の中を被っている。以外でもあった。

   テントはこの防空壕のような小屋の真中に天張った。昔,家近くの公園にあった防空壕に似ている。
     五合目の小屋は一張しか張れそうもない程,小さかった。

   意気の合った先輩達とコンロを囲み,時間をかけ酒を交わす。ラジオに流れる紅白歌合戦をバックに流れ長い長い夕食を摂っている。
     そして崩れてきた天気は外の激しい暴風と交じり合い,入山らしき賑やかな大晦日を迎えた。




    ,  2日,箱根の先に昇る初日

      元旦,停滞

   夜半から荒れた富士, ご来光を仰ぎアタックに出発するどころの話でなくなった。何一つ遮るもののない富士。
     南面に位置するここベースキャンプは北西の季節風をまともに受け,山の両側から,風がぶっつけ会う場所でもある。
     地響きを伴った暴風は耳鳴りをもたらし,テントの中まで雪塵を撒き散らし,息のない荒れくれは気を遣うも疲れるだけで次第に慣れている。

   その雪塵の痛さは小屋の外に出なくともテントから顔を出すだけで,待っていましたと襲ってきた。
     何処と限らず雪粒を吹き込ませ,小屋の中でもキジに出る決断さえ中々つけさせないでいた。
     そしてジャリのような礫石が小屋の天幕を叩き,小屋の中でもわがもの顔に荒れ狂う。

   暇に負かせ面白い発見をした。長い暴風の間にある短い息切れは,その都度,グランシーがコンロを持ち上げた。
     一種の真空状態をもたらすこの現象に,炊事は延々と悩まされている。

   16時,風雪は万点の星に変わり,大地は雲1つな蒼空を現した。
     星空の下,駿河,箱根,伊豆と星のように街灯りを浮き上げさせ,海岸線を描き出している。そして痛い程,冷たい静かな夜を迎えた。




           アタック


                                五合目小屋前




   新津,中山,冨山先輩と私





   左,田中先輩





   巻き上がる旋風





   清々しい登攀で一本,立った間々休む





   アイゼンのツァッケが心地よい

      二日,朝 
   昨日元旦は一歩も外に出られず,雪のネバリ,レスリングをして長いような,それでいて短い時を過ごしていた。
     そして今日二日は白銀輝く快晴の登山日和に恵まれる。

   雪線はアッと言う間に二合五勺まで下がり,山頂では昨日−25℃を記録した。
     完全装備に身を固め,窓から這うよう外へでる。ゴーグルを通しても目が眩む。
     職場の関係上,下山する富山さんと別れ,富士の頂へアタックする。




   雲海を背に烈風の登行

      突風

   正に周りは純白と濃紺の世界だ。岩肌1つ見止められない。
     時折,周期的に吹き付ける突風を,その都度ピッケルに身を任せ次の突風との合い間を見計って登るっている。

   7合の小屋へと大きくトラバースして,宝永山直登ルートと合わさった。
     冬富士らしくなり,宝永山から吹き上げる雪煙や西方からの突風に気を付けなければならなかった。

   最初の風,「来た!」と怒鳴り声が掛かり,同時にピッケルを氷表に突き立て確保する。
     真っ青な空に旋風を感ずると,真近に迫りつつある突風が這うよう渦を巻き襲ってくる。

   そして想像を絶する風が体を叩いた。旋風はひと間を置き,体を吹き飛ばす勢いで吹き抜ける。
     ここで吹き飛ばされたら宝永火口へ飛ばされるか,成就ケ沢へ滑落し命の保障はない。

   その勢いは凄い。一瞬の烈風が大地を這い上がり襲ってくる。気を抜けば飛ばされる風圧がある。
     少しあおられるが風は確保する体を抜け,裾へと飛ばされて行く。
     確保を怠ると飛ばされる事になる。そして三合目まで落される。

   誰もが云わずとも一度経験すれば生理的に確保の体制を取る。
     頭を上げ天を仰ぎ,濃紺のクレパスに白い数条の旋風が巻き上げるのを感ずるや,氷化した雪面にピッケルを立てる。

   そしてアイゼンで三点確保する。それ以外方法はない。列風は乾いた音を立て,衣服を猛烈な勢いで旗ばかせ体から抜けて行く。
     休憩もそうだ。ツアッケが利かなければ,なを更だった。

   蒼氷と紺碧の空, 富士には他の山にない,遮ることのできぬ大地がある。冬風をもろに受ける山裾を持っている。
     一時の逃避をも許さぬ,登頂か,断念か,はっきり決めねばならぬ力を持っていた。




   湧き出した雄大積雲


      頂へ
   七合五勺,宝永火口の向こうに雄大積雲がもくもく湧きあがる。見るからのスピードを持っていた。
     眼前に余りにも大きな入道雲が風船の如く生まれる。自然の驚異,塊のような山であり雲がある。

   八合目,壊れかかった小屋で小休止,漸く腰を下ろしたている。
     アメが喉を潤し,しゃぶると甘味が口に広がった。

   以外と恐怖心はなかった。指導される必要もあるが,自信に満ちた己の技量が登頂を左右する山のようにも思えた。
     木,一本育たぬ富士の山懐は風と雪とが支配し,陽の変化が氷の世界をも導き出していた。

   薄暗くなると同時にガスが覆い始め,もう丸びを帯びだした頂さえ場所が分からなくなっている。
     急カーブの勾配を長田尾根に取る。サブで荷が軽いせいか蒼氷にツァケが浮いている。
     風に吹き飛ばされた岩稜は鎖にエビノシッポを付け,頂近くを告げていた。




   富士山頂剣ヶ峯


      山頂
   もう風に逆らうことさえできなくなる。屈み屈みの登行となる。岩肌にはツァケさえ利かなかった。
     急に斜面を失い頂にたった。「息苦しい!」「空気が薄い!」と怒鳴っていたことも終わりを告げている。
     ガスが切れると云うより濃霧の霞が薄まった一瞬,左前方に山頂の観測所が横切った。頂の感あり。

   風を避けてツエルトを被るも,体温は奪われ動きをぎこちなくさせげいる。軽い昼食にテルモスを空け腹をビスで満たす。
     ゴーグルを外すと新たな明るさと,快さが体を走り満足感に満ちていた。

   私達は誰もが食後の一服を好んだ。
     その為,一度に吸うものだから,狭いツエルトは,直ぐスモックで充満し,むせび苦しみもした。
     何故,頂でむせばなければならないのか。




             九合九勺からの尻セード


      尻セード

   20分程休んで下降に移る。九合七勺付近より長田尾根左側,不帰沢寄りの雪壁を下降。
     遂には尻セードとなり,飽きに飽きるまで滑りまくる。

   両側を挟んでいた岩稜を過ぎ,岩屑さえ見えぬ雪原状の斜面に景色は移る。
     そして下るにつれ陽差しに包まれた。蒼氷はその姿を失い氷表は硬雪に変わっている。

   雪の大斜面を滑る。
     アイゼンを履いた間々ピッケルに全体重を預け,スピッツからは小さな雪煙を巻き上げさせていた。

   硬雪,軟雪と交互に現れる滑降はスピードを激しく変え,時折ツァケでスピードを殺している。
     これは深く入れ込んでしまえば,つんのめって危険であるが,スノーシャワーが頭に掛かり,雪屑が快い。又前方が見えなくもなる。

   硬雪での滑降は又加速が凄い。ツァケで殺すも見る見る高度は落ち巻き上げる雪塵に視界が閉ざされた。
     見えぬ不安に止める雪飛沫。ツァケはよく利くも視界が利かぬのが難点となる。

   宝永火口が見えるようなると傾斜も大分落ちた。スピードを殺すこともなく快適に,余裕の現れ裾野が望められた。
     ただ次第に尻セードは摩擦による痛さで腰を上げざるえなくなった。

   各々散った仲間達が休み休みの尻セード。
     ベースキャンプに戻るもオーバーズボンはボロボロになり,正味50分で五合目まで降りたことになる。

      氷化
   尻セードを終え小屋に入る。数分の間に陽が陰り,一瞬にして雪面は氷化した。
     早いもので数分でスピッツさえ,なかなか刺さらない。ピッケルが立てられなくなる。硬雪ではなく完全な氷化した雪表,

   新しい飲水を求め雪塊を取るのも鉈,ザイルを使用しなければならなかった。
     小屋より田中さんにザイルで確保された。ブレードを使い氷化した雪面を穿り起こす。
     もう雪面は凍り氷化が甚だしく,跳ね返るピッケルに手ごたいは硬過ぎた。

   ブレードで溝ができれば鉈が活躍した。理由は鉈がピッケルより重いのみ,目いっぱい振った。
     削れぬも破片は雪を削るより効果は大きい。

   小屋から10mたらずの距離,田中先輩から「焦るな!」とザイルを裁き声が掛かる。息を整えては振った。
     時は時間が左右していた。もう20分早ければ何でもない雪取りが。排く息が凍り付き,水を作るにも腕力がいた。


   肌寒さは今日も大地の上に,冴ような星の輝きを照らしだしている。昨日に続き厳しい冷え込みが続く。
     夕方小屋内で一26℃を記録している。食後の食器は叩けば洗うより綺麗に落ちる。
     糟が全て氷化し氷紛した汚れものが,塵となり叩けば一瞬にして皿から落ちていく。
 




凍り始めた雪表,         

      三日,午後下界へ

      急な下山
   アタックに成功したことだし計画を早め御殿場に降り泊ることにする。遅い昼食後,急いでパッキングを済まし外にでる。
     ペグの紛失で手間どってしまったが昨日に続く上天気,飽きることなく眺望をも楽しんだ。

   下山とあれば心も軽く,荷も軽く感じるのも常である。ツァケが良く利いた。
     何処までも明るい蒼空と白銀煌く大斜面が続く,快い下山が始まった。

   四合目,雲上から降りるような気分に浸る。
     湧き始めた一面の白雲を潜り,日当たりのよい里へ。御殿場の街並が各々の屋根が細かい鏡のよう反射し映し出している。
     足取りは天人が下界を訪れるような,おごそかでのどかな気を起こさせ,踊っていた。

      硬い氷
   三合目,日も影り急激にアイスバーンになる。一瞬の気象の変化が日陰の大地を変えていた。雪原が今日も氷結した原になる。
     ただ高度と地形が,改めて違った自然の驚異をここでも現わしていた。

   約7〜10m四方を一区画とし,溝を埋め尽くしたような氷の斜面が広がった。ガラスのよう硬くなった氷面は,ツァケさえ入らない。
     氷表の凸凹に引っ掛かっているだけだった。蒼氷は硬い舐めるような氷の面が煌いている。

   荷が重い為,フラットに置いたアイゼンは踵2本だけが掛かっている。
     空身になればどうしようもない状況になっているだろう。休憩中でも直ぐさ間キスを背負った。
     中山さん,新津さん・・・・と氷表とツァケの間を抜って蒼空が覗け,薄日が長い尾を引いていた。

   二合五勺,アイゼンを取り太郎坊を過ぎた時,陽は完全に落ちた。食べるミカンの缶詰が氷りガサガサし歯に沁みる。
     星が1つ2つと輝き何時しか無数の星が煌きだしている。そして箱根の山も,海岸沿線も,御殿場の街並みも賑やかな灯で輝きだす。

      里への道
   道路に出るも雪解け道は氷付き,闇夜に冴すような空気が漂っている。
     コンクリートは冷たく冷気の固まりと乾いた靴音を響かせ,コダマして僕の耳に伝わった。

   山道をくねり降りると滝野原への直線に入って樹海が切れた。 
     おぼろなな月明かりに霞む道。本取り冴すような星空を道路中央に寝転んで大の字で見ている。

   冷たい路面の休み一本が心地良い。山を終え凱歌に酔い,汗が地上より冷え上がる大気と混ざっている。
     目を向ければ樹間抜け,星が煌いていた。和む風,の冷気に何とも云えぬ清々しさを感じ取っていた。

   直線道路に出てトラックに拾われる。
     トラックは矢のように真っ直ぐの道を御殿場へと進んで行く。


   富士は表日本に位置し天気配置は冬型でも好天が続いていた。その上,御殿場は登山者が少ない。
     荒れれば一瞬にして冬の姿を現わす広々した太郎坊。今度はスキーを持参し滑って看たいものである。

      RHC
   帰り御殿場の宿で新津,中山,田中各氏に来年の主将を薦められる。
     まだ山だけで部の執行は考えられず,社会人の組織をも考えていた。ただ早く雪積もる北アに入りたいと。

   今回は薦められるも断っての冬富士山行だった。
     この時点ではまだクラブ,特に女子は眼中になかった。良い仲間達に,先輩が居るにも関らず,我侭な自分をまだ思っていた。




   アイゼンの刃は砥いで入山すべし