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   横篶尾根を周遊・・倉沢谷右岸歩道・幕岩尾根南東支尾根・横篶尾根・板形尾根・横篶山西面水平歩道
         旧倉沢から横篶山幕岩尾根を詰め一杯水小屋―山腹道からはハンギョウ尾根中腹道を経て横篶山西面水平歩道, 2015年09月05日,松村




       倉沢右岸歩道から横篶山幕岩尾根南東支尾根・・旧倉沢集落
       一杯水小屋から板形尾根中腹道,横篶山西面水平歩道

     前回は日原川対岸の鷹ノ巣山に登っている。猛暑が丁度途切れた時期,それから2週間は秋雨前線の影響を受け,肌寒い日が続いていた。
   日照時間はズッと短かくなる。エルニーニョ現象の影響を受け海水温が低く,大陸からの張り出しが弱いせいか? 高気圧の不安定な天候が続いている。
   その中,昨夜の天気予報では「東京周辺は久し振り,日差しが戻る」と報じ,一日の晴天を約束させていた。

     移動性高気圧が日本海を横断し,風向は朝の西北西から東北東の微風に変わっている。
   低山でも山に入ると天候は不安定さを増し,曇天から午後には雨雲に変わっている。今にも雨粒が落ちそうな,黄昏のような装いを示していた。
   日原に予定通り下山できたとは云え,初めてのルートであり,苦労と模索が続く充実した山行になる。


   jr青梅線古里駅下りホームより,7:09

   左上が鍋割山北尾根上の以外と大きく見える城山759.7m。右斜面の切り開きにjr青梅線の古里変電所に入電する支線鉄塔がある連なる。

    横篶尾根の巡視路を周回
     今年4月には倉沢谷右俣,長尾谷を詰め,長沢脊稜にでて,左俣の塩地谷に回っている。今回は倉沢谷右岸歩道を歩む。
   尾根幅が広く大らかと云うべき横篶尾根は長沢脊稜の三ッドッケからカロー川谷と倉沢谷を分水嶺と成し,末端は扇状に麓を広げ日原地区を築いている。

     廃村を訪れるのを機に,倉沢谷右岸の旧作業道を繋ぎ,横篶尾根をほぼ周回する水源巡視路を歩む。
   2012年5月には横篶尾根を登り,七蹴山から秩父大平山へでている。今回は旧倉沢集落から入山し,その時と重なるルートを取っている。

     倉沢谷左岸歩道から幕岩の南東支尾根を経て横篶山の巡視路に入り,その先は避難小屋までは登山道。
   そこから三ッドッケの分岐道に入り板形尾根を下り,カロー谷の山腹道から日没と競争しながら終盤は横篶山西面水平歩道を下っている。


      9月05日(土),曇後濃霧,午後から重い雨雲
         jr御徒町4:49=4:52神田5:00=5:55立川6:04=6:34青梅:35=7:18奥多摩:27,西東京バス=7:45倉沢橋bs,

     見通し尾根にある大ヒノキを見学し旧倉沢集落を尋ね,倉沢谷右岸の水平道から幕岩尾根南東支尾根を詰め横篶山にでた。
   横篶山からは横篶尾根を辿り,一杯水避難小屋から分岐道の水平道を選び,長沢脊稜にでて,ハナド岩までピストンしている。ただガス濃く展望は0だった。
   板形ノ頭に戻り,ハンギョウ尾根からカロー谷の中腹道に入り,小川谷左岸水平道から東日原に下山した。

     頂を目指すと云うより横篶尾根周辺の水源林巡視路を辿っている。程ほどの藪があり,又緑深い夏の終わりを示す山並を味わっている。
   ただ横篶尾根以外は殆ど初めて通るルート。特に小川谷左岸水平道は楽なルートと思っていたため,最後は日没との競争になった。
   昼下がりには既に重い雨雲に覆われている。如何にか最後まで雨粒は留まり助かっている。


     大分,日は短くなる。神田駅を過ぎ飯田橋駅付近で白みだしている。奥多摩駅では久し振りの晴れ間, 川乗橋行臨時バスがでる。
   続く定期便で倉沢橋に降りたのは前回と同じ私一人だった。初めて25リッターの超小型ザックを購入,真夏用に使ってみることにした。





    滝入ノ峰,見通尾根末端
   日原街道,取付きの擁壁改修工事,7:48

    見通尾根,倉沢谷右岸道,幕岩尾根南東支尾根,幕岩尾根・・横篶山,
      7:45倉沢橋bs一8:08倉沢の大ヒノキ一8:28廃村倉沢一9:08大幡沢一9:55鳴瀬沢一10:10幕岩尾根南東支尾根一10:45大モミの木
      一11:41幕岩尾根一11:53横篶山,

    倉沢
     倉沢橋バス停前は倉沢林道の起点でもあり,その左側に没しているのが滝入ノ峰見通し尾根の末端になる。
   その擁壁に「鍾乳洞と巨樹に里,日原 倉沢の大ヒノキ,上り口70m」と案内板が付けられていた。

     日原トンネル手前の取付き付近では街道の拡張擁壁改修工事が行われていた。
   その間を縫い階段を登ると対岸に,横篶尾根末端に掘り開かれた広大な奥多摩工業の採石現場が望まれる。

     蕎麦粒山鳥屋戸尾根からもよく望めた採石場。南面のネズミサス尾根からも梢越しに望んでいる。
   そこからは日原トンネルを境に倉沢谷側の倉沢鉱床に続く日原鉱床をも見下ろされていた。





    日原鉱床,ドボウ岩
   見通尾根取付き階段上より

     左端の樹林に閉ざされているのが日原線終点鉄塔で,この大きさから規模が分かる
   日原川を挟んで左岸と右岸に渡り,又対岸の狩倉山山ノ神尾根,小菅山北尾根の尾根末端にも石灰石の採掘所がある。
   これから最初に訪れる集落がこの石灰鉱山で栄え,現在は廃村になった倉沢集落。共に雇用面で,係り合いの強い関係を持っていた。

    日原鉱床
     日原鉱産,標高477mは貧鉱化しつつあり,奥多摩工業は更に奥の天祖山北面にも鉱業権を習得している。
   天祖山鉱床,「立岩,燕岩」で露天掘りで採堀した石灰石は全て地下トンネルにより,日原鉱床に運ばれている。
   そこから奥多摩工業の曳索鉄道で氷川工場に運ばれていた。

     天祖山採石所から氷川工場まで10.5kmの地下運搬路が建設され,燕岩からは登龍谷まで5kmの区間を天祖線と呼ばれている。
   又途中三ッ叉825m地点から600m地点まで下る登龍谷から岩松「日原鉱床,ゴボウ岩」間は油面線の1kmがある。762mm軌間,
   岩松から奥多摩駅近くの氷川工場385mまでは距離5kmで曳索鉄道氷川線と呼ばれ,白妙橋付近で日原川を渡り無人のトロッコで運ばれていた。





     倉沢の大ヒノキ
   樹高34m,幹周6.3mの大ヒノキ,8:08
    東京都の天然記念物に指定されている 

    大ヒノキ
     蜘蛛の巣を別けながらジグザグに登り切り,本尾根に乗るとベンチが2つあり,右手の尾根末端にも下る踏み跡(先通行止)を分けている。
   左手に折れ北西に尾根筋を詰めると取付きから25分ほどで見通し尾根に立つ大ヒノキに出会え,南側に可愛い石参道が造られていた。
   自生としては都内最大のヒノキ。

     過っては倉沢鍾乳洞を本宮とする「倉沢権現」の神木だった。地元では伝承1000年,「千年の大ヒノキ」と呼ばれ,実際は600年ほど。
   胸高6.3m,樹高34m,地上5mのところで9本の巨枝が支幹として分枝している。

     又地上2mからは無数の支枝が伸び,古木の風格を帯びたたせ,新日本銘木百選の中ではヒノキとして選ばれている。
   1987年東京都の天然記念物として指定され,避雷針が設けられた。





  





  





    倉沢谷右岸旧道
   旧倉沢集落への踏み跡径,8:25
    石積み上の鹿棚

     この旧道は旧倉沢集落を経て,倉沢谷右岸沿いを水平に綴り,鳴瀬沢から幕岩尾根の支尾根に登っている。
   又1/2万5千地形図「武蔵日原」には倉沢谷右岸沿いに倉沢林道が綴られ,林道に並行して左脇に破線が表示されている。

     廃村倉沢の集落からの右岸水平歩道として,林班界標のみが立ち,道標類はない。時折藪絡みがあり,鳴瀬沢からは藪を漕ぎ攀じることになる。
   又近年この旧道周辺は綺麗に間伐され作業道らしくなっている。ただ登山道としてはまだ未熟なコースだった。





    廃村・・倉沢の集落
   旧倉沢の集落跡,8:28





   雛壇状の台地に土台の石垣や階段を残す集落跡地

    旧倉沢の集落
     古来は炭焼きを生業としていた山村集落。
   昭和19年,日原工業所(奥多摩工業)は石灰岩の採石稼働を開始し,又同年,青梅線の御嶽駅=氷川駅(奥多摩駅)間は鉱石運搬用を目的に開通した。

     昭和30年代に石灰鉱山の社宅が造成され,宅地以外に共同風呂,食堂,診療所,集会所,理髪店等が建ち並んでいた。
   最盛期の昭和41年頃には数十の家屋に人口は100人余りに増えている。
   40年代に日原街道が舗装されると共に徐々に衰退し,車社会に変わり,現在は完全な廃村になっている。

     平成17年に建物の殆どが取り壊され,材木,トタン等の残骸が奥に少々残されているだけで,今は土台だけを残し,廃村の異様な姿を現していた。
   最後に一軒残った青い屋根の家屋に住む坂和連さんは,2005年位まで一人で住み倉沢の集落を見守り続けていた。





    855m点からの倉沢オキ尾根
   杉の植林帯が続く,8:43

     滝入ノ峰から派生する見通尾根855m点から南東に延びるのが倉沢オキ尾根。
   尾根を横切る石積みの下に旧右岸道が築かれている。今は旧道沿いは杉の植林帯に覆われ,時折雑木帯が混ざり絡んでいる。





   南東尾根上の三差路,8:50

     旧集落上部から細い踏み跡が綴られている倉沢谷右岸水平道を歩む。
   確りした踏み跡になり,程なく集落の北側を横切る855m点からの南西尾根に乗る。杉の植林帯,旧道の石積みが確り残されていた。
   南東に延びる倉沢オキ尾根を少し登ると三差路が交わる。右下から尾根を登ってきた。右上に折れる先は幕岩尾根南東支尾根に続く右岸の水平歩道。





    右岸水平道
   右折し直ぐ林班名「130-2-4,130-2-8」,8:58

     集落から大幡沢,鳴瀬沢に至る右岸沿いの斜面は「平成20年度,奥多摩森林再生間伐事業」が行われ,3ケ所の林班地に標示板が立てられていた。
   それ故,鳴瀬沢までは思いの外,確りした作業道が綴られていた。





   自然林の倒木多し,9:03

     水平道は一時,植林帯と自然林の林相の境を進み,大幡沢手前で倒木帯に混じわう。
   藪濃く,大きな倒木は左に高巻きし,ブナの大木を越えると大幡沢にでる。





    大幡沢
   横断した地点より,9:08

     滝入ノ峰を源とする大幡沢は連日の小雨の為か,何時もは涸れている沢に流心が臨まれた。それも気持ほどの細い流れ。
   はっきりした踏み跡が対岸に続いている。





    倉沢オキ尾根
   倉沢オキ尾根の植林帯9:16

     倉沢オキ尾根にでて,杉が凛々しく林立する植林帯にも「平成20年度,林班名130-1,130-2,再生四代事業」とある林班界標が立てられていた。
   又先には分収育成契約地,「中田賢次」の標板がある。連日の雨で幾らかぬかるむ斜面,
   先の藪漕ぎを考えると,気の休まるホッとする山腹道が続いている。やはり確り整備された植林帯は生き生きしていた。





   植林と自然林の境,水平歩道,9:31





    鳴瀬沢
   対岸,右岸は大岩の右脇より,9:55

     鳴瀬沢は横篶山幕岩尾根と滝入山倉沢オキ尾根に至る横篶尾根東面の流域に囲まれた渓谷で,出合は幕岩尾根南東支尾根の末端にでる。
   水量は常にあるものの多くはなかった。
   沢の両岸にあると言う赤テープのマーキングは分からなかった。河原に降りて,少し上流へ歩いてみるも,対岸左台地の大岩右脇が取付きになっていた。





    木抗の印
   10:02         

     薄い踏み跡に崩れる斜面, ここからは今までとは異なり荒れたルートが続く。
   間違いかと探る内,左足元に切れ落ちた60cmほどの立木に,焦た赤テープが巻かれていた。そのテープに「←倉沢,クマ岩オネ,ヨコスズ→」とある。

     藪絡みの水平道になっている。暫くして前方正面に尾根の盛り上がりが現れ,巻きながら尾根に乗るようなった。
   このルートは幕岩尾根や南東支尾根の取付きと異なり,谷間のトラバース気味の藪絡みから始まり,すっきりした雰囲気はない。





    幕岩尾根南東支尾根
   南面の山腹に取り付く,10:08





    小尾根に乗る
   再び植林帯へ,10:13

     南東支尾根に乗る。短い自然林に枝打ちされた小枝とぬかるんだ薄暗い斜面。四つん張りで這い上がり,短いが馬力がいた。
   尾根にでて上へ上へとひたすら登る。枯枝と枯葉,腐葉土の斜面,何となく踏み跡があるようでない。尾根幅広くなり,探すほどでもなく登り詰める。
   植林帯の境を抜けては又抜けた。そしてモミの大木に出会っている。





   モミの大木,10:49





   立派な幹は朝方のヒノキと異なる

     モミの大木は見事に立派な幹, 円形の幹はストレートに天に向い伸び,余りにも似つかわしくない小さな小枝を四方に広げている。
   その直ぐ上にも大木がある。





    森林限界1086m
   自然林に覆われる,11:05





   尾根の分岐手前の白い大岩,11:28
    大岩を越えた尾根の裏側が幕岩の本尾根になる。





   上部の1枚岩

     植林帯を抜けると踏み跡は薄く不明になり,そして尾根幅は広がり緑豊かな自然林に覆われた。
   暫くして白い大岩が現れ,支尾根を塞ぎ,左を巻いている。





    幕岩尾根
   水道局の石抗,尾根分岐点,11:41

     二重山稜気味な1210m地点,幕岩尾根に乗る。魚留橋から取り付く幕岩尾根と鳴瀬橋から取付く南東支尾根がここで合わさっていた。
   そのコブに立派なブナやアケビが目立ち,水道局の石抗を見ている。
   ここから横篶山までの尾根筋は,傾斜が緩み,大らかな自然林の豊かな森が開かれていた。藪処か下草も茂ぬ歩き易い尾根筋になる。

     好天の木洩れ日ではないが樹冠を透す明るみが苔むしたる小石に落葉を乗せ,森の大地を覆い,印象に残る情景を創りだしている。
   ただひたすら登るのではなく,周りを見渡しては足元を停め,ひと息深く大気を吸えば山のよさが一層味わえられた。





   11:42





   横篶山幕張尾根上部,11:48





   1250m圏,水源林巡視路が横断,上から振り返る,11:52

    横篶山手前分岐
     緩やかな平坦地1250m圏で森が切れ,あとひと登りで横篶山にでる。
   斜面が続く,その境の肩に「奥多摩区分24/23」林班界標柱が折れ倒れていた。少し頂へ向かい登り,振り返った東肩の写真。
   横切った踏み跡の左手に回り込めば塩地谷茅尻沢沿いに下る水源林巡視路に入る。

     桟橋を過ぎ左斜面を巻くよう進み,1110mで東からの尾根に乗りジグザグに下ると倉沢谷左俣の茅尻沢左岸にでる。
   2度ばかり渡り返せば出合いにでて,作業道は棒杭尾根と井尾留橋に分かれている。

     写真の右手は横篶山の南側,横篶尾根筋にでる作業道。登山道には「←東,東日原(バス停),右一杯水(三ケドッケ)」の道標が立てられている。
   横篶山の手前,東側を巻くのが経路になり,頂を越えた西寄りのヘチに横篶尾根を綴る登山道が巻いている。





    雑木に覆われた横篶山
   山頂に飛び出すと歩む正面に現れた山名標,11:58





   頂の南側風景

     今日も誰も居ない頂に立つ。日差しが弱く,既に夕暮れのような黄昏た雰囲気が漂っていた。
   1つの目的を終え,更なる頂へ。一杯水避難小屋にでればハンギョウ尾根へと分岐道に入る。


     倉沢右岸歩道から横篶山幕岩尾根南東支尾根・・旧倉沢集落
     一杯水小屋から板形尾根中腹道,横篶山西面水平歩道