s39年07月,千丈ヶ岳Top                          南アルプス北部地形図U地形図,山行表

春の千丈,駒ヶ岳,鳳凰三山





暖春と湿雪

大塚君火傷二度,鳳凰三山を諦め引率下山


                    
馬ノ背Tsより夕日の仙丈岳,
          春の仙丈,甲斐駒ヶ岳〜(鳳凰三山)
                             s43年(1968年)04月31〜05月06日,

                   L三田,sL工藤,m高橋,赤嶺(3),西沢,冨田,斎藤,新崎,大塚,中川,関根(2),田沼,松村(4),



      二年男子強化合宿

   2年部員の過去一年間の体力面,精神面の充実と共に,昨年度の年間目標であった「特殊技術の修得」を更に充実させ,
     実質的なものとして身に付ける目的で,山行を残雪期に選び,南アルプス北部で行った。

   例年二年強化合宿は,7月の体力,精神面の充実を主目的に行われてきたが,それから一歩前進し,例年個人山行でしか
     得ることが出来なかった実質的な雪上訓練を,これからリーダーになる2年全員が身に付ける為,この時期を選んだ。

   この時期に二年強化合宿を行うのは,我々のクラブにあって,今年初めての試みであったので安全を期し,
     リーダー部員を多くし,山行地も残雪期としては,初歩的な千丈ケ岳,駒ケ岳,鳳凰三山を選んだ。

   山行は初日から好天に恵まれ汗だくの奮闘であった。
     2日目,馬ノ背からアイゼンを着け千丈ケ岳ピストンに出発し,ピークで暖かい紅茶を飲みながら絶景を楽しんだ。
     下りは快調な尻セードで一気にTsへ戻った。

   4日目の駒ピストンは,晴れ間を見て出発した。心配していたトラーバスも雪が柔らかく,心配する程でもなかった。
     ピークでは,ガスが湧き出し景色には恵まれなかったが,ガスの切れ目より顔を出す北岳の姿には魅了された。
     5日目,早川尾根へ発つ。
                                                                   三田誠一
   5日朝食時,大塚君が味噌汁を被り,膝から足首にかけ両足に火傷を負う。
     鳳凰三山への山行継続は困難となり,新北沢峠より途中下山し,私が熊谷まで引率する。


       千丈ヶ岳―甲斐駒ヶ岳―鳳凰三山

     4月31日,新宿=
        1日,辰野=伊那北=戸台一五合目付近c,南ア秋葉街道Top
        2日,c1一馬ノ背⇔千丈ヶ岳c,
        3日,c2一新北沢小屋c,
        4日,c3⇔甲斐駒ヶ岳,(1年生火傷で鳳凰三山断念,途中下山,)
        5日,c4一戸台=高遠中央病院=伊那上牧h,(本隊c4一地蔵岳,)
        6日,h5 =伊那北,診察=新宿=熊谷,(c5一夜叉神荘=新宿,)


     4月31日,   新宿23:00=
     5月01日,晴, 4:30辰野:45=5:11伊那北6:37=7:37戸台8:30一9:30小:40一11:23丹渓山荘:51
             一13:16三合目:35一14:35小:55一15:25五合目付近c1,

      戸台川
   数日間,伊那谷で過ごした私は合宿に参加する為,1ヶ月程前入った戸台川の河原を再び遡る。
     北沢峠に通じる河原の径を,私は何度となく通い続けていた。

   戸台に至る高遠,美和ダムは小学生以来,何度も通った道であり,高遠公園で遊び暮れた日もあった。
     又昔伊那北駅から戸台へ入る乗合バスは高遠で乗り変えなばならなかった。

   そしてその都度,大きな荷を背負う登山者に一種の好奇心を抱き,その勇者振りに憧れていた。
     私が小学校,下級生の時代である。

   その仲間入りしたのが高校時代,学友と戸台川を遡り,仙丈岳から北岳へと縦走しアルプスを知る。
     それ以来,千丈へ,駒へ,或いは北岳のアプローチとして。1ヶ月前には鋸岳に通った径である。
     新津先輩と訪れルート紛失と底雪崩の厳しい岳だった。鋸岳からは対岸にカール地形の整った重量感溢れる仙丈岳を眺めてもいた。


   ゴールデンウィークの新宿駅ホームは山へ向かう登山者で何時もながら大変な混みようだった。
     2年女子群に見送られ満員の急行「穂高」に乗り込んでいる。

   崩ずき気味の天気が続く中,山懐の戸台に入り込むと空高く山は煌いていた。
     1ヶ月の間に河原の雪原は完全に消え,暑い陽差しがそれに変わり注がれている。
     清流は春の力強い調べを歌い,若葉に萌え,新緑の鮮い世界を生み始めていた。




       仙丈ヶ岳へ
                         .
                  県警ヘリから手前が小千丈,千丈ヶ岳

   何時もながら汗の滴る河原歩きになる。鷹岩を仰ぐ日岩ダム,先月登った角兵衛沢出合を過ぎ,左岸の茂みを抜けて,河原を歩くこと3時間,
     丹渓山荘の建つ赤河原にでる。藪沢を少したどり八丁坂に取付き,樹林帯のジグザグの急登を終え南アルプス林道にでると大平山荘が建ち,
     峠から北沢へ500mほど下った所にテント場と村営の北沢長衛小屋がある。

   5月の底抜けた蒼空にカンカン照りの馬鹿陽気,その暑苦しさは何んと表わしたらよいだろうか,陽気は1ケ月の違いが丸っきり変えていた。
     何にするにも億劫になる。進まぬ食事を藪沢の冷やかな雪解け水を弁当に注ぎ,喉に流し込む。

      仙丈岳へ
   数パーティが一諸だった赤河原も丹渓新道に入ると私達だけになる。今だ踏まぬ残雪が恋しく,強い陽射しが憎くもあった。
     三合目の展望台より3月下旬に登った鋸岳の荒々しい山稜が望められた。
     中ノ川乗越が顕著に目立ち,第二尾根を挟んだ角兵衛沢の壁に刻まれた溝のような山肌が望まれている。

   遠景で諸細は分からぬものの,谷間は雪で埋まり,ツメ附近は先日の底雪崩で剥ぎ取ら,黒ずんでいる。
     ここから見る谷筋は,壁のようだ。黒い岳に雪白い溝を何本も落としている。野宿とイーグルでそこを綴っていた。

   再び森林帯を潜り,パーティの歩調が乱れ始めた頃,残雪に心が踊る雲の湧きでる五合目にでた。
     そこは残雪に包まれた濶葉樹の巨木が乱立し,今日の帳場として相応しい所だった。




     馬ノ背上
    二日目Ts,

    5月02日,晴, 仙丈ヶ岳,

        五合目付近Ts1, 6:00一7:45小8:00一9:20馬ノ背c2,11:05⇔12:20仙丈岳:45一, 14:00c2,
          雪上訓練13:00〜13;45, 一14:00,

      馬ノ背へ
   傾斜が落ち針葉樹林を抜けると明るさを取り戻している。
     樹間を透し差し込む陽差しが,今までの樹海の薄暗さを一掃し,明らめる森林限界の真近さを告げている。

   樹林の切れ目に心が踊り,眩い光が雪面を照し残雪の大らかに被る山並らしくなる。
     尾根幅が広がり岳樺の立木群に変わると香りよい鮮らかな風が伝わってくるよう思えた。

   早くも直射を真ともに受ける陽差しに,雪質は腐り体を重くさせている。そしてペースは乱れ隊は遅れだしていた。
     暑さバテだ。列は長く尾を引き,遅れがちな者を拾い,拾い登っゆく。
     雪の感触を味わいながら雪と戯れ,後輩を励ましつつ登る。遅れ気味の大塚君,もう直ぐだ。



    中央アルプスを背に馬ノ背上,c2,
     南駒ケ岳〜木曽御嶽山

      馬ノ背にて
   緩やかな起伏を幾つか越えると視界が利き,傾斜が完全に失い小平地にでる。
     馬ノ背,前方にどっしり身を降ろした千丈ヶ岳が純白の柔らかい曲線を描いて望まれる。

   何処までも深い大空と大きな藪沢カール,私は北杜夫の小説「白きたかやかな峰」を想い出していた。
     その題が示すが如く,この場所に相応した風情に思え,豊かな残雪が頂に,カールに覆い被さり,見るからの重量感で煌めいている。

   天張った馬ノ背からは,霞みに包まれた伊那谷を隔て中央アルプスの山脈が仰がれる。
     そそり立つ白波が小陣まりと帯のよう連なり,おぼろでも白銀煌く頂稜が天龍かわを隔て,御岳山に乗鞍岳もっていた。
     岳樺に囲まれ千丈を仰ぎ,早い昼食を摂る。食パン1枚と紅茶の慎ましい食事を。


   鹿の食害から高山植物を保護する為,仙丈岳馬ノ背2600m付近周辺に鹿の侵入を防ぐ為,防護柵を設置された。
     南アルプス食害対策協議会は長野県内の高山帯に柵を設けるのは初めてとなる。2008,08,



       馬ノ背⇔仙丈岳
馬ノ背,Tsより小千丈ケ岳仙丈ケ岳ピストン,   ,

      アタック

   9時半,千丈ヶ岳に向う。痩せ気味の鞍部でアイゼンを付け強化合宿らしくなる。
     各々の履き方に口も出ようが,それより大地を踏みしめる感触が素晴らしい。足元と共に体自身も引き締まる。

   千丈ヶ岳はもう馬ノ背で見たような奥深さもなく,広い雪原のカーブを描き望まれた。
     大きく広がった藪沢カールに頂は低くなり,こんもり盛り上がった頂が淡い雪をたっぷり乗せていた。

   雪稜を詰めると共に,風は強くなりアイゼンは埋まらなくなった。クラストしてピッチが上がる。
     左眼下に小さく頂上小屋が見えた。

   岩稜に雪を求めジグザグに登ると,地蔵尾根と合わさり,カール底は更に深まりを見せ,岳の壮大な大きさを示している。
     緩やかになった斜面を最後まで詰めると,今まで見えなかった東面の峰々が望まれるだした。風はかなり強い。




    仙丈岳山頂
  仙丈より中部,塩見の峰々,




   千丈より甲斐駒ヶ岳,




   左上,鋸への頂稜より八ヶ岳,


   数パーティが入り乱れる山頂は,大きな釜を従え,天地の境を切り君臨していた。
     5月とは云え純白の装いをこらし,眩い春の煌きを放している。野呂川寄りに風を避けた。
     
   激しくガスが流れ頂から放射する尾根が見え隠れしていた。対岸には北岳の雄峰が幻の如く浮きだされている。
     風は強いが静かな頂だ。陽と霧が互いに領分を広げようと争っている様子が,又山を大きくもしていた。

   下り, 腐り切った湿雪は雪上訓練どころではなく,鈍行の尻セードが続く。
     カールに蛇行のようなシュプールを造っていた。


      馬ノ背cs
   幕営地は最適のキャンプサイドとなった。暇な午後を木に登り,雪面に寝転んでは,周りの景色を楽しんだ。
     東駒ヶ岳は20mも歩めば望め,明日下る藪沢も心配ないように思える。

   快晴で暮れた夕焼けは幻想的だった。
     夕日が深まるにつれ,千丈の山肌をオレンジ色に映し,カールに大きな影を落している。

   そして空は赤味を一層濃く染め尽くしていた。
     華やかさより厳しき壮厳な響きを持ち,巻き上がる雪煙はそれを強調しているようだった。




  
    藪沢下降
      藪沢より甲斐駒ヶ岳,



   ,
           
    5月03日,晴, 馬の背Ts2, 7:05一(雪上訓練7:40〜8:50,)9:05一10:20大11:25一12:00小:05一13:25北沢峠:36
              一14:26新北沢小屋c3,

      藪沢下降

   段取りが悪く7時,新北沢小屋へ降りる。
     藪沢を左岸寄りに半時間程下り,30m程の急斜面をカール底に降りた。相変わらず残雪を腐らす暑さが続いていた。

      東駒を望む
   残雪に埋め尽くされた沢底を下流へ目を落としていくと,正面は甲斐駒ヶ岳に突き当たる。
     双子山から直ぐ伸びた山稜は,直ぐ後に頂を乗せ,頂稜を南北に広げていた。

   右肩は摩利支天の巨峰に続き,急激な壁となって大武川へと落ち込んでいる。
     そして仙水峠は乳白色の浮き雲が雲海となり遥か彼方の甲府盆地をも埋め尽していた。

   それに対し六合小屋に至る頂稜は,あくまでも一定の傾斜を構えていた。
     鋸岳,由岩山へと長大な尾根を従い,末端は入笠山へと続く。

   昨日に続き今日も雪上訓練は出来なかった。グリセードに変わる。湿雪がニッカを通し尻をも濡らす。それ故,適程にして教えに回った。
     三年の指導の下,雪を巻き上げ奮闘する下級生,その滑降を田沼と共に見守った。
     形にならぬ格好が続く,最後に少しは身になってきたか?



                      


      トラバース

   ルートは沢を横切り,大きくトラバースしながら千丈ヶ岳から北沢峠に至る尾根に取る。
     藪沢小屋はもう大分上になった。春山はルートを自由に選べる利点がある。

   露骨に出ている岩璧を巻き,雪壁の上を枝を支え登る。短いながらきつい所だった。枝尾根のコブ気味の小平地にでる。
     1本の木陰が雪面に影を造り,火照る体が冷えて快い。

   昼食を摂りながら偵察の末,沢を直上せず,あくまでもトラバ-スする。
     急なルンゼはザイルをフィクスした。ビナを通し慎重に進ませる。

   ルンゼ内にサングラスを落す。無動作に置いたサングラス,コロコロ落ちる。大分下で何かに引っ掛かり停まった。
     ここはスピッツからスノー・ボールがシャワーのよう見る見る生まれ,足場を一層不安定にさせていた。
     やな場所だった。全員が渡ったところで足場を確かめ焦らず下り,再び手に戻す事ができた。

   固定ザイルを取り除くと明るい顕著な枝沢を横切った。雪崩そうもないが念の為間隔を空け移動させた。
     沢底の中央はモーレンのよう起伏し枝が顔を出し始めている。

   そして対岸から薄暗くなった澗葉樹林に入り込む。緊張が解け快い木陰のトラバース。
     時折,小梢に残った小雪が顔を撫でた。

   樹林が周りを閉ざし,春先の裏山を散策しているような下り尾根にでる。ふと昔大菩薩,小金連嶺を歩いているような錯覚を覚えさせられた。
     雪景色に酔い偲んでいる内に,ぽっかり大滝ノ頭にでて,よく踏み固められた径が北沢峠へと続いていた。



     新北沢小屋,

      北沢峠
   私は今,一つの山を終え峠に腰を降ろしている。蒼空を失い灰色に染まった峠,
     何時もは人気の多い径も,行き通う登山者も居ず,侘しさが却って昔からの素朴な峠径を漂わしていた。
     踏み固められた一筋の径が峠を越えていた。明日は駒ヶ岳をピストンし鳳凰へ出向く。




       甲斐駒ヶ岳へ                                                      甲斐駒ヶ岳Top,

                         仙水峠からの甲斐駒,
    5月04日,雨後曇, 起床3:00, 甲斐駒ヶ岳へ,

       新北沢小屋Ts3, 10:00⇔10:25仙水峠一11:25駒津峰一12:30甲斐駒ヶ岳:50,一13:25駒津峰一13:50仙水峠
         一14:00新北沢小屋c4,

      強い雨 
   北沢峠は雪が消えていた。そして明け方から降りだした雨は,次第にその強さを増していた。
     昨夜新北沢小屋で幕営, 明け方より雨を睨み甲斐駒ヶ岳アタックに備え朝の出発を待っている。

   4時には食事を終えるも雨酷く,天気回復を願うが激しい雨がテントを叩く。
     まだ止みようもない。私は再びシュラフに潜り込む。





                          駒津峰より駒ヶ岳, 




   摩利支天と駒ヶ岳,





   駒ヶ岳より千丈ヶ岳,右肩奥が恵那山

      駒アタック

   7時半,雨も弱まり,早い間食を摂る。
     西空に雲が切れ雨も断続的な小雨になった。7時50分,天幕を後にした。
     雨上がりの清流は瑞々しい若葉に溢れ,峠の雨雲は切れ澄んだ蒼空を望むようなる。

   大きなゴーロを越え仙水峠を越えた。
     頭上に摩利支天の巨壁が仰がれる。その上はまだ早く流れる黒い雲が被っていた。

   馬鹿登りの駒津峰は前ほど苦にならず,残雪多い根元多き径を歩む。急だけに高度はグングン稼いだ。
     駒津峰で1本取り,六方石からのトラバースも雪柔らかく,アイゼン使用せず,頂へ。


   ガスの垂れ下がった頂は,展望もなく強風と共に荒れ狂いている。
     我々を包むガスはセイターを濡らし,じっとしていると心も浸されそうだった。

   風を避け岩陰に身を隠す。煙草を吸いながら若き日の,この頂を想っていた。やはり5月の連休に登っていた。
     走馬燈のように浮き沈むする想い出は,新鮮な1カットとして,次々に紫煙と共に流されていた。
     風に飛ばされ口元から走り抜けていた。

   今にも降り出しそうに,雨雲が一面に垂れ込んできた。もう悠著する必要はない。
     駆け足で森林帯に飛び込み,半ば滑行して幕営地に駆け下りた。

   新北沢小屋, 幕営地の天気は頂稜と泥雲の違いを現わし,重い雲を吹き飛ばし明るい蒼空が広がっていた。
     枯葉を集め焚火をすれば,煙がもくもく蒼空に昇って行く。




         途中下山
 新北沢小屋,    ,

     5月05快晴, 途中下山,戸台へ, 本隊は鳳凰三山へ,

       新北沢小屋Ts4,一戸台=高遠病院=伊那北タ=上牧h4,

      火傷    
   今朝,大塚君が味噌汁を両足に被る,大火傷を仕出かした。
     かなり酷い火傷である。直ちに足を沢水に漬けさせるも,雪解け水は冷たく1分とも持たなかった。
     交代で見張りさせ冷湿布を繰り返し我慢させるが,山から降ろす事にした。 



    再び雪多い戸台川,

   1ヶ月前3月31日,鋸岳山行の折は戸台川沿いは雪で被われていた。今回入山では全く積雪見られず,下山して再び裾野で雪を見る。



      引率下山
   大塚君は夜叉神峠まで一緒に行動する事が不可能となる。決断に悠著するリーダー,無言の言葉から私が引卒する。
     どの位で下られるか時間が測れず,最悪の場合は叔父の家,伊那に世話になる事にした。
     朝方,鳳凰へと続行するパーティと別れ,新北沢小屋より途中下山させた。

   両足に残る火傷は靴さえ履く事を許さず,靴下を二重に履きビニールで工夫する他はなかった。
     苦しい歩行になろうが頑張ってもらいたい。峠,「長蔵小屋」でオーバーシューズを借用,空身で戸台へ下らせる。

   ザック2つの荷を背負うも彼の足に気を配り,まだ雪多い戸台川の河原を下りた。
     入山中,積った積雪が,却って彼の歩行を助けてもいる。

   快晴に晴れ渡った空は河原を銀色に輝やかし,眩く目を浸す。時折,木蔭で休んでは励ましつつ下った。
     黙々歩く彼。暑い陽射しに雪解け轟く瀬に瀬々らぐ音色が春の調べを歌っていた。
     小岩に当り飛龍し放された水滴が煌め舞い,光る粒が弾け河原を春を告げ踊らしている。

   戸台,「橋本山荘」に厄介になる。先月,鋸岳下山の折,泊った宿である。仲間は今,鳳凰への径を汗みどろで歩いている事だろう。
     山荘の窓から快い風が流れ込んできた。


   「高遠中央病院」での診察の結果は両足,第二度火傷。応急手当と化膿止注射を尻に打つ。
     そして直接東京に戻るつもりでいたが,彼の住いが熊谷の為,帰京時間が合わず伊那の病院を紹介して頂いた。
     伊那上牧でもう一泊し,伊那で診察後,列車の人となった。





                             千丈山頂でのメンバー,
                   左より西沢,富田,私,三田,中川,高橋,工藤,関根,斎藤,赤嶺,新崎,




   2年生部員全員,



      5月06日快晴, 伊那北h5=辰野=新宿=熊谷,

           伊那谷上牧
        s43年04月, 甲斐駒で後輩引率下山伊那谷へ,
        s43年10月, 越百より北上,西駒で下山,伊那で稲刈り,
        s44年11月, 木曽乗鞍岳下山後,晩秋の伊那谷へ,



叔父唐木宅前,先が公道,右が納屋,
  庭の先,田圃抜け天竜川が右から流れ,背に中央アがある。


   伊那上牧,叔父の家に宿る。
     春の柔らかい陽差しが縁側いっぱいに溢れている。勿体無い程の陽差しに引き戸を開けた。
     頬を撫でる風が程好い冷たさで快い。

      縁側
   何時もの権兵衛峠から伊那前岳の風景が林檎の枝木を透し藍空に望まれた。
     陽溜まりに大塚君も並び岳を仰いでいる。

   彼は下山して悲壮な症状はなくなった。ほっとした顔で今日は笑い顔を覗かしている。
     新北沢小屋で別れた縦走隊は早川尾根を抜け,夜叉神峠から今日下山する。 

     伊那の病院で開院を待ち,新宿経由で大塚君を熊谷の自宅へ送った。



 
                                    
                               甲斐駒を背に,                   新北沢小屋にて,

   本隊はc4から鳳凰三山へ高嶺を越え1泊,6日夜叉神より下山する。


   5日朝,我々と別れ,早川尾根を2時間に1本のペースで進み,地蔵岳に着いたのは黄昏時で,山々は雲の中だった。
     この日が2年にとって一番苦しい一日だったと思う。

   下山日は好天に恵まれた。地蔵の後,観音岳ピークに着き360度の展望を楽しむ。
     そこから一気に夜叉神峠に駆け下り,夜叉神峠でゆっくりし,今までの苦しきを忘れ,白峰三山の美しさを満喫した。


     5日,曇, 新北沢小屋Ts5:20一8:20栗沢ノ頭:30一14:05白鳳峠:50一16:00高稜:25一17:10地蔵岳,
     6日,晴, Ts6:20一7:20観音岳一13:20夜叉神荘14:05=15:15甲府,

                                                         L三田誠一


     2004年から北沢峠へのマイカー規制が行われる。仙流荘前に駐車場を整備,

       仙流荘前=北沢峠間は伊那市営バスが運行,
     2006年,北沢峠付近の北沢長衛小屋は「北沢駒仙小屋」と名称を変更,