南アルプスTop 南アルプス北部地形図U山行表

      南アルプス白峰三山

     北岳
   1964年07月,千丈ケ岳から北岳大樺雪渓   荒天で北岳小屋に缶詰めになり,白峰二山を断念・・高校卒業山行と遭難救助
   1966年10月,池山吊尾根から北岳―塩見岳 旧北岳小屋経緯と旧北岳小屋幕営・・・リーダー養成合宿

     白峰三山

   
1965年10月,白根御池尾根から白峰三山   北岳稜線小屋棟上げ・・・一年秋合宿
   1967年07月,北岳大樺沢から白峰三山    野呂川林道とバス路線経緯,稜線小屋に幕営・・・女子二年強化合宿


秋空の白峰三山T





 三日間快晴に恵まれる

長閑な山旅・・下山後バテる



                   山尾根より北岳,早朝の夜叉神峠より

        
御池尾根より白峰三山,一年男子秋合宿
                   s40年(1965年)10月10〜13日,L田中,sL長谷川,m吉永(3),渥美,俵,三浦,和田,松村(1)





      無雪期最終合宿は白馬,針ノ木の候補地を引りぞけ,我々一年の希望を受け白峰三山になる。

       広河原―白峰御池―北岳―間ノ岳―農鳥岳―奈良田

     10月10日,新宿=甲府=広河原一白根御池小屋c
        11日,Ts1一北岳一農鳥小屋c
        12日,Ts2一大門沢小屋c
        13日,Ts3一奈良田=甲府=新宿

     10月10日快晴, 新宿0:45=4:45甲府5:40山梨交通=6:30芦安ト=7:50広河原,

      山裾へ
   何時もの最終列車に乗るべく新宿駅に集合するが,ホームは予想以上の乗客で溢れ,並ぶ列の長さに驚かされた。
     結局最終列車から0時45分発,臨時列車に変更させられた。
     陽気もよく,第2次登山ブームに乗り,このところ始発駅の混み合いは異常とも云えた。

   中央東線に乗ること約3時間, 深夜の甲府駅前にある山交ビル待合室も乗客で溢れ,待つも以外に隙間風が寒かった。
     ここもまた広河原行始発のバスを待つ大勢の登山客で賑わっていた。

    路線バスの終点は南アルプスの登山口,芦安になる。ここでトラックの荷台に人も,荷も乗り換える。
     芦安からは大型バスの通れぬ狭い林道に入り,夜叉神峠を越え早川の左岸沿いを遡る。

   有料でトラックに便乗するのは初めてだった。よく認可されたと思うより,便利さに誰も口にだすものは居なかった。
     ただ雨に降られたら大変なことになろう。その対処を聞きそびれていた。

    トラックは凸凹の裸土の道を進む。尻を蹴り上げ,尾を振り,1時間20分ほど掛け,延々と続く長い林道を遡る。
     谷底に落ち込むのではないかと恐怖を抱き,諦めの心が起きる頃,広々とした広河原にでた。




       広河原―白根御池小屋
テ1
               池山御池小屋より北岳


     7:50広河原8:37一9:31小:41一30:31小:50一11:27白根御池小屋テ1

      野呂川河原
   芦安からトラックに乗り換え中途半端な朝食が,腹の調子を悪くした。
     その上僕は心持ち酔ったようだ。広河原での40分ほどの休憩が有り難い。

   誰もが美味そうに結飯を食べる中,小さな結飯1つを漸く口に押し込んでいた。
     雲一つない蒼空を仰ぎ,仲間達が朝食を終えるのを心地よく待っていた。

   一昨年の夏,幼馴染と高校生最後だと千丈ケ岳から北岳を越え,大樺沢雪渓を下っていた。
     その折,バットレスで滑落事故が起き,救助隊として大雪渓をザイルで降ろしている。
     その時は広河原から警察の車で芦安温泉に下り一泊して,路線バスで甲府にでていた。同じ林道をトラックで入山するとは思っていなかった。


   取付きは大樺沢に少し入り,左岸から大樺沢を見下ろしながらの急登から始まった。秋とは云え汗で蒸し暑い中,森林帯を綴り高度を上げてゆく。
     登り始めて東京写真大学の女子パーティと抜きつ抜かれつつ登り,今日のテントサイド御池小屋にでている。 




   御池小屋テントサイド


       御池小屋
   御池の幕営地は巨木の生い茂る常葉樹林を抜けた所にあった。
     穏やかに開かれた台地は視界が広がり,梢越にどっしりした北岳の頂と頭上から広がる紺碧の空が望まれた。
     秋の陽差しを受け,池底は涸れ,ひび割れた亀の甲羅のような溝を幾つをも作っていた。

   幕営後,炊事までの間,思い思いに時を過ごす。
     僕は巨樹の木蔭に陣取り,エァーマットを持ち出し涼しいそよ風を受けながら昼寝に寛ぐ。

   御池小屋に入ってからは夏合宿に続く秋合宿と共に汗を掻いた一年生が全員揃い,ストーブの炎を囲んで雑談し寛いでいた。
     互いに気も分かりだしてきた。気を使わぬまでの仲間になっていた。

   風もなく陽差しは柔らかい,夕食は外で仕度した。

     白根御池小屋は今年,1965年(s40年)7月下旬にプレハブ(収容人員50人)で完成,素泊¥300,毛布¥30,
     1999年に雪崩の被害で崩壊する。
     2006年07月,南アルプス市「白根御池小屋」として再建される。標高2200m,水場あり,収容150人,テント40張,避難小屋として一部開放,




      北岳―農鳥小屋テ2    
        , 西陽を浴びる北岳


    10月11日快晴, 北岳より農鳥小屋へ

      御池小屋Ts1, 6:10一7:05小:15一8:12小:40一9:40北岳10:10一10:25北岳小屋,昼食11:07一13:01小:15,
      一13:25間ノ岳:45一14:39農鳥小屋テ2,

   澄み切った風を受けた白樺が生き々と枝を広げている。その枝越に見える北岳の雄峰に,心踊らさせられた。
     額に飾ったような繊細さに,薄っすら新雪を乗せた北岳が望まれる。

   バットレスは真に胸壁としてその全面に望まれるせいだろうか? 2年前バットレスで事故があり,それに関わったことがある。
     それを想い出してのことか? 遭難者をシュラフに包み雪渓から下ろしていた。





       ,    夏の八本歯より間ノ岳


   朝の陽差しに追われるよう御池小屋のテントサイドを発つ。
     肩へ突き上げる草スベリは名が示す如く急斜面だった。
     先輩が「これでは雪崩が起きるのも無理もない。」と語り合っているのが耳に入る。

   振り返ると鳳凰の峰々が望める。その右上,谷間から真っ直ぐの所に富士が雲を切り頭をもたげていた。
     小太郎尾根の稜線に飛びでる。ここに立つと,北岳も目と鼻の先である。
     甲斐駒,千丈が直ぐ目の前に姿を現した。





  三峰川源流,  ,


     
北岳での想い

   ぽっんと一人,秋の涼しけな風を受け眼下に広がる野呂川伝いを眺めている。
     挟んだ向い側にはカッチリした千丈が赤茶色の山肌を望かしていた。
     僕は一昨年の神風山行を頭に浮かべていた。

   伊那から千丈を経て両俣に下り,野呂川東俣に沿って,小太郎尾根から間ノ岳,農鳥を順に取る予定で歩んでいた。
     北沢から八丁坂で激しい雨に打たれ肉離れを起こし,ただ縦走のみで歩いていた。

   又仙丈直下では暴雨風でダウン寸前に陥いり,小屋へ逃げた岳でもある。
     三日目も雨とガスが被い,向かった北岳の頂は道標で知るのみで,頂は雨雲の中だった。振るえ登った頂である。

   あんなに苦労して登った山が,目の前にある。
     それが今回の山行で,その頂に何の苦労する事もなく立っている。嘘のように。

   好天に恵まれ四方の山々が手に取るよう眺められるも,眼中に入らなかった。
     ただあの時の縦走路をじっと見詰め,あの時の荒天や苦しみを想うと直ぐ時間は過ぎた。

   野呂川を渡り,登った北岳から真向かいを覗き込むと,180度うねった同じ野呂川の上流にでる。
     前回は千丈を越え両俣から登った谷が,ガスもなく清々しい秋の森に被われていた。
     この包容力に富む深い森や谷が僕は好きだ。





  北岳山頂
   和田,三浦,渥美,俵,私,






                       北岳より間ノ岳,農鳥岳と右奥,塩見岳,


      白峰の頂稜

   ここから農鳥小屋までは3000mを越す雲上の散歩路, 間ノ岳から下りさえすればよかった。
     棟上も終わり屋根ができたばかりの北岳稜線小屋にでる。誰も人影はなく,紙垂が風にさらされていた。

   そこを借用して昼食を摂る。当然周りには壁もなく,屋根下からの眺望はすこぶるよい。
     僕を含め皆,飯が足らなくなるほど食欲は旺盛だった。一年生に特権で飯盒の底まで綺麗になる。
     リーダーの田中先輩からブルジョアになれと茶化される。

   ここにも新しい稜線小屋ができた。一昨年,缶詰になった下の旧北岳小屋はもう使われなくなるだろう。
     枠だけの窓から見下ろすと懐かしい小屋の屋根が小さく見える。


     北岳小屋, s39年07月,間ノ岳,農鳥岳を荒天で断念,北岳小屋で缶詰の後,大樺沢を下る。
              s40年10月,今回は北岳稜線小屋を新築中,棟上した中で昼食,白峰三山を南下した。
              s41年10月,稜線小屋営業,塩見への途中で荒廃した北岳小屋,脇で天張る。
              s42年07月,女子二年強化で稜線小屋,脇に天張る。登山歴と北岳小屋経緯


      中白峰での回想

   今回の山行で一昨年の夏,白峰三山に挑み,断念した最後の踏破地点を確認する事ができた。
     幼馴染の長塩と2人で千丈から北岳に向かい,更に農鳥へ向かう計画は途中で台風に釘づけされ,仕方なく大樺沢より下山した。

   北岳小屋から南下した地点は中白根までだった。
     ここで縦走を断念し再び北岳小屋に戻り,下山した事になる。勿論稜線小屋は存在していなかった。

   学割が切れると下山するも,途中バットレスでの転落事故,救助を求められる。
     そして芦安泊まりとなり,結局学割は時効となった。




   間ノ岳山頂


   陽差しを浴びてた頂稜も完全にガスに被われ,雲に沈む間ノ岳。
     幅広い尾根径を難なく越え,頂から駆け下らんばかりに走り下る。

   今日は左右に大きな谷間を従えた稜線上が幕営地になる。吹く風が肌寒くなってきた。
     次第に這い上がるガスの中,小屋脇で炊事に精をだす。

     今まで無人だった農鳥小屋は小屋番が常駐するようなり,食事をまかなうようなる。素泊¥350,1泊2食付¥600〜800,毛布30〜50,






     農鳥岳―大門沢小屋テ3
   間ノ岳を背に1年全員, 俵,三浦,渥美,私,和田,





農鳥岳で1本,   ,

    10月12日快晴, 農鳥岳より大門沢小屋へ


      農鳥小屋Ts2, 7:00一8:19農鳥岳9:00一10:13小:30一11:00大門沢小屋テ3,

   3000m近くに張ったテント内は寒気が予想以上に厳しかった。
     昨夜は非常に気温が下がり,雨水を溜める缶も氷を張り付いていた。
     炊事の手がぎこちなく,吐く息を白々とさせ,肺の奥深くまで冷気を運んでいだ。

   ゆっくりパッキング後,昨日下っただけの高さを下り返し,反対側の農鳥の北斜面を登る。
     相変わらず中央アルプスとは比べものにならない広い尾根, どっちりした山波が続いている。

   前衛の山々なら分からんでもなが,3000mの山脈になる。
     僕等はこの頂で1時間程のんびりくつろいだ。

   目立たぬ幽谷を持つ深々しい山,原生林の巨木群に驚きの目を向け,親しみ易いアプローチを構成している。
     僕は又,何度かこの山を訪れ,更にその心は他の山へと結び付けていゆくことだろう。


      大門沢小屋
   広河内岳ピストンの希望はなく,11時には大門沢小屋に着く。
     小屋で昼飯を摂った。仲間との雑談は何時もながら楽しい。小屋番と語り茶,紅茶を何杯もご馳走になっていた。
     大門沢小屋(収容力60人)が新築される。素泊¥650,1泊2食付¥600〜800,毛布¥30〜50,

   8人天に8人寝る。きつい何処ろではない。
     寝返りも打てず,よほど丁寧に奥より寝仕度をせねば最後は余り,その都度騒がしくなる。

   交互に寝るも足を踏み込む余地もない。今回ばかりは踏んずばる先輩も居なかった。
     余りにも詰め過ぎた。荷をケチると碌な事はない。秋を迎え,我々にも余裕が出てきた為だろうか。

   帳を迎える。
     先輩から差し入れのウイスキーを取り出し,テントで最後の一夜を楽しむ。




    大門沢小屋―奈良田
   奈良田で汗を流す湯


    10月13日快晴, 奈良田へ

     大門沢小屋Ts3, 7:03一7:57小8:20一9:36小:49一10:23奈良田11:55山梨交通=16:00甲府=20:30新宿,

      下山
   最終日も快晴だった。心掛けの良い者は伝々と言うが,雨を忘れてしまった山だった。
     それが却って山の深みを忘れてしまったようでもある。南アルプスの頂稜,高峰の散策は終わる。

   大門沢小屋から奈良田はもう直ぐだった。幾つも吊橋を渡る。
     好奇心が湧いて面白い。又あった,吊橋が又あったと思っているうち広河内にでる。4つの吊橋がある。深い山だった。

   奈良田は林業だけに目を向けている村のようだ。
     山を降りた早川の径は長々と感じるが苦になる事はなかった。
     荷は重く体はだるくなるにも関わらず,目は村を隅々まで見ようとあっちこっち追っていた。


      山の湯
   奈良田の湯,快い一言に尽きた。山を下り浸かる湯,都会では味わえぬ湯殿の良さがある。
     溢れる湯は程好い疲労が体を解し,疲れを癒す。

   湯は又,体の回復ばかりではなく,どっと出てきた疲労をも越え,心地よさを運んでいた。
     汗を流した後はそよぐ風までも一層清々しく感じられた。
     奈良田温泉「白根館」,早川の渓流前にあり,含硫黄ナトリウム塩化物泉の湯,


      長いバスの道
   好天に恵まれ行程も楽だった。それだけ自由な時間も増え,のんびり山行を味わえた。
     ただ残念な事に僕は乗物には相当弱いらしい。

   奈良田から甲府までの4時間,延々と続くバスの道。乗り心地は飽きる程疲れる。
     バスの故障を願いもした。酔いとの戦いは続いた。
     言葉を出す事もできず体を丸め耐えるのみ。辛く眠る事も景色を見る事もできず,じっと耐えている。

   下山してからバテている。夏には秋田駒で登る前にバテた。
     又来るような事があれば,身延駅に向かうべきだと,車中幾度も幾度も思い続けていた。




   白峰三山概念図
 ,




@,s39年07月,
     仙丈ヶ岳〜北岳大樺沢(二峰は荒天中退)




A
,s40年10月,男子企画合宿
     白根御池尾根より白峰三山


B,s41年10月,リーダー養成合宿
     池山吊尾根より北岳〜塩見岳



C,s42年07月,女子二年強化合宿
     北岳大樺沢ツメで幕営し白峰三山












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