乗鞍岳下山後,伊那谷へ





      , 赤とんぼ,

       秋の里,伊那谷


      飯田線
   晩秋の乗鞍岳を楽しんで現役諸君と辰野駅で別れ,唯だ一人,飯田線に乗り込む。
     滑るよう過ぎ去る仲間の列車とは対照的に,ローカル色の濃い,黒渇色の錆びたような電車,昔山手線を走っていた国電に乗る。

   薄暗い車内の照明が僕の顔をガラス窓に浮き出していた。
     そして見慣れているはずの伊那谷の田園風景も黄昏,次第に薄暗く闇に閉ざされだしていた。

   乗客は疎らだが,それでも1人,2人と駅毎に降りて行く。
     一つの名物になりつつある,あの半自動扉を押し開け,扉口からは冷たい風の塊がが流れ込んだきた。

      駅
   伊那北では僕を含め4人が降りる。
     やはり遅くとも賑やかな町だけに,僕の乗った区間では一番,乗客が降りたのも多い。
   カタコト揺られながら,ひと駅,ひと駅,縮めて来た列車も,自分で扉を開けると,新たに冷えびえする寒さが僕の体に忍び込んできた。

   先を急ぐ客はもう見当たらなかった。
     僕一人が駅に取り残され,拾おうとしたタクシーさえ消え去り,駅前にはガランとした寒さだけになる。

   車を待とうか,それとも闇道を歩こうか,二転,三転と悩んでいるとタクシーが戻ってきた。
     何も考えず咄嗟に拾った一瞬だ。手を上げると同時に車が僕の前で停まった。

      上牧
   天竜川に掛かる鉄橋を渡って県道を突っ走る。僕は行き過ぎてはならぬと上牧と聞いて,咄嗟に降りた。
     Uターンして過ぎ去った県道はライトの尾も消え,一寸先も分からず,しんやりする闇影が這い忍び込んでいる。
     南部上牧らしいが見慣れている筈の情景が,家屋も石垣や林も,思う影絵と合わさらなかった。

   足元は真暗な闇に包まれる。それにも関わらず,頭上には万点の星が輝いていた。
     月の明りはなかった。新月の澄み切った大空が星を近づけている。そして盲目に漂う農村の叙情が伊那谷の香りを乗せていた。

      闇の迷路
   分かっている筈の里道が分からなかった。もう30分も堂々巡りをしている。
     里の夜更けは早く,家屋から差し出す灯りも乏しい。ランタンを使いたいも,ザックと共に後輩に預けてきた。

   里道の唸りを思い出そうと考えるも,行き止まりだったりして,一考に考えが纏まらない。
     マッチを擦っても一瞬の明るさだった。炎が却って急激な刺激を瞼に与え,何の役にもたたなかった。

   灯りの点った農家を探しては家を尋ねる。味噌屋の平島さん宅はと三度目に尋ねたら,平島さん前だったりした。
     知っているのに分からないところが狐に包まれたようだ。教わる間々,記憶を追って,真直ぐ叔父の家に向かう。

   教わった道は何度も迷い行き止まった所だった。そこは紐で通行止された区間だった。
     田舎という印象が未開という馬鹿な考えを起こし,ちょっとした孤独感と盲目が神経を高ぶらせていた。

   悪い病気でも発生し一区間,隔離していると連想し,そしてそこを避けていた。
     今はもう疲れと,どうでも良いと云う考えが紐を跨いで進んで行く。


      伯父の家
   漸く一軒の灯りを見出した。記憶と一致した最初の所が伯父の庭先である。
     庭を真直ぐ横切る径が家屋まで続き,灯りが灯されていた。そしてその空には大きなオリオン座が広がっていた。

   軒を潜ると伯母さんと秀ちゃんが今か々と待っていてくれた。
     伯父さんは炬燵でもう軽いイビキを掻いている。

   遅くなった事情を話すと,名前をタクシーの運転手に伝えれば,黙っていても真直ぐ庭先まで連れて来てくれると,大笑いして聞いていた。
     僕のため料理してくれた鯉こくが熱く美味しい。
     もう先程とは嘘のようだ。暖かい炬燵に入り,ビールを注いで貰っている。




    , 裏庭の柿,

      縁側

   ぐっすり10時過ぎまで寝てしまった。障子を開けると廊下を隔てガラス戸から,もう昼の陽差しが漏れ出していた。
     伯母さんが「良い天気だ!」と言っていた通り,山でも会わなかった程の蒼空が庭先に広がっていた。
     澄み切った陽気が天高く溢れ,脱穀したばかりの穀の匂いが庭先に漂っている。


   リンゴをもぎ取ると硬い美味みが伝わってきた。表道に面して経ヶ岳がバックを負っている。
     伯父さんが一昨日,あの山にも新雪が積ったと云う。

   樹葉をいっぱい引締めるた経ヶ岳は,左へ大きく権兵衛峠へ落とし,駒本俸へと続いている。
     谷間から刻む雄客たる伊那前岳の山襞と繋ぐ頂稜には薄すら新雪を抱いている。
     この広い開けた眺望は秋の明るい陽差しを透し,この縁側から望まれた。




      裏山の径

   僕は裏山を横切る小径が好きだ。裏庭に面したこの径は何時もうっそうと年老いた樹林に包まれ,縫う用に小径が綴られている。。
     落葉と黄葉(紅)に染まる径筋は何の変哲もない普通の裏径だが,来ると必ず通う径。感傷的になる自然の深い素朴さが漂っている。

   冬になれば霜が激しくなり雪でも積もるものなら,小さな僕だけのトレースが雪帽子の裏径に現われる。
     春は又,若々しい新緑がこの径を被い,下草は日が長くなるにつれ径を被って行く。

   そして夏は樹葉が猛威をふるい,通わぬ小径は刈り払われないため,下草は伸び放題になる。
     この径はしっかり踏み固められた径だが,僕はこの径で墓回り以外,人に会った事は稀だった。


                      
                                                    裏山とを隔でる私道と墓地への径,夏



      里道
   煙草を買いに外へ出ると田圃の穂も刈られ,脱穀するモーターの音が,長閑な音色となって僕の耳に伝わってくる。
     そしてその場を遠のくと又,別の庭先からも聞え,その音色の流れが澄み切った青空と共に,一層秋の里を深めていた。

   巾4m程のうねり曲がった里道の軒先には赤みを帯びたトウモロコシを幾つも吊し,冬の仕度に忙しい。
     細い枝に柿すだれの熟した実が,うっすら白い粉をふき屏壁を越え,里道まで伸びている。

      柿取り
   僕は裏庭でこの家では通称一口柿と云っている柿を採って食べた。高木に熟す柿は高く,取る苦労も並みたいていではない。
     幹に梯子を掛け6,7m先にある竹竿の端を手に握り,柿を落とす。
     それもリンゴのよう丁寧に取るのではなく,枝を押し切るよう木を揺さぶり,力まかせに強引に振り落とす。すると頭から柿の雨が降ってくる。


      帰途,
   車窓から夕陽を浴びる伊那谷を振り返す。
     それは紅葉と夕陽が重なり,一層色鮮やかさを増し,谷いっぱいに広がっていた。

   秋色美は秋空を造り,斜陽した陽光は一層燃えだし,西の空を夕焼けが染め,谷を帳へと落とし始めていた。
     夕陽に照らし付けられた焼ける山肌は丘へ山へを駆け降りる。
     そして陽は最後の一点たりとも,この秋色美を我に示す頃,東の丘に掛かっていた夕陽は,消えようとしていた。
                                                                  44年11月13日,




   私の手伝いは稲刈と薪割り,


      権兵衛峠
   上牧,叔父の庭先から幼い頃から眺めていた風景は,名も知らぬ長閑な山波だった。
     小学校,中高と育ち,変わらぬ馴染みの景色が何時も縁側から望まれている。その裾野の無人のスキー場で幼い頃滑った事もある。

   高校時代,南アルプスに挑み,その後何度も通った母の実家,
     伊那前岳から権兵衛峠への山波は朝起きては縁側の障子を開けると,常の見られる風景だった。明るい陽差しを浴び,
     天竜川の広い田園を挟み,強い陽差しに照らされ,尾根は仄かに新雪を乗せていた。

      権兵衛峠トンネル
   那街道と中山道を結ぶ,かっての高遠領と木曽十二宿の要としての関所が置かれた木曽福島間に権兵衛峠が開通したのは約300年前。
     中央アルプスを横断するこの峠道は2006年02月04日,その役目を終え,トンネル4.5kを含む総延長6.4kの「権兵衛トンネル」に譲っている。
     国道361,通称「権兵衛街道」と呼ばれ,伊那から木曽福島まで約1時間短縮し,木曽高原と結ばれていた。



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